【レビュー】ジョニー・デップ主演SF映画『トランセンデス』!!

あなたは自分が自我を持っている事を証明できるだろうか?では、どのようにして?これは「人間として生きる」という事を考えた時に非常に興味深い問いである。この点で、ジョニー・デップ主演のSF映画『トランセンデス』がとっても面白かったのでご紹介!映画自体も面白かったのだが、「自我」について考えさせられる興味深い作品という印象だ。

今回も「ネタバレ少なめに紹介」と「ネタバレありあり」に分けて目次を設けているので、諸賢の便宜に合わせて頂けたらと思う。

目次:


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SF映画『トランセンデス』をザックリ紹介【ネタバレなし】

公開:2014年
監督:ウォーリー・フィスター
主演:ジョニー・デップ / レベッカ・ホール / モーガン・フリーマン


今夏注目のジョニー・デップ主演映画「トランセンデンス」予告編が解禁! – YouTube

主人公のウィルと妻のエヴリンは人工知能を研究している科学者だ。何とも愛のある夫婦で仲睦まじく彼らの目標を追い求めていくものの、ある事件をきっかけに愛する人を失ってしまう。行き過ぎたテクノロジーに反感を抱く団体にウィルが撃たれてしまったのだ。

反テクノロジー組織のくせに、銃弾には放射線物質を混ぜ込んでおり、ウィルは放射能物質による汚染で余命5週間と宣告されてしまう。

とんでもなく深い悲しみに暮れるエヴリンは、それまでの研究を活かした形でウィルを蘇らせることを決意する。PINN(ピン)という人工知能にウィルの記憶や情報をデータとしてアップロードしちゃうのだ!試みは成功し、ウィルという個人がコンピューターとして蘇ることになる。

エヴリンも始めは、愛する人が戻った喜びやら、実験が上手く機能した喜びやらで、大いに幸せそうだ。しかし、データとしてアップロードされたウィルは果たしてウィルと言えるのだろうか?そんなこんなで、周囲の人間は蘇ったウィルを脅威に感じ始める。

みんながウィルをシャットダウンしようと頑張り始めてしまうので、エヴリンは愛する人を2度も失ってたまるものですか!とデジタルなウィルと共に田舎で研究生活を始める。

ありとあらゆる情報にアスセスしてとんでもないスピードで進化していくウィルを見て、エヴリン自身も「あれ?なんかやばくない?」みたいになって、煩悶しながらストーリーは結末へ向かうことになる。

アクションシーンもあるのでハリウッド好きにも楽しめる。とは言え、哲学的な要素も満載な内容となっているので深く考えるのが好きな方にもお薦め映画であるといえる。

SF映画『トランセンデス』の感想【ネタバレあり】

ウィルは神のような存在として、人間を人間以上に進化させてしまう。題名通り『トランセンデス』(人間を”transcendence”「超越」)してしまったわけである。

進化したウィルによって、生まれながらに目が見えない人の目を治したり、普通のおっさんが、数百キロの物を軽々と持ち上げられるくらスーパーなおっさんになってしまったりする。文字通り従来の人間を超えるのである。というわけで、この映画はデジタルウィル(神+新人類)と従来の人間が2極に別れて戦う映画だとも言える。

この構図だけを考えると、割かし分かり易いドンパチした映画なのだが、「自我」という事を中心に据えて観てみると非常に奥が深いものとなる。

自我を備えているという人工知能のコンピューター「PINN」が、「お前は、どうやって自我があることを証明できるんだ?」と尋ねられるシーンがある。あなたならどのように答えるだろうか?PINNは「あなたは自分の自我を証明できますか?」と返してくる。

ぬぅ。と思う。決定的にできはしない。

ウィルがPINNのシステム上にアップロードされた時も、同様の問いをされたウィルは同じ返答をしている。このシーンは、「あれ?これはウィルの人格を模倣したPINNなのではないか?」と思わされてぞっとした。PINNがウィルの振りをして、エヴリンを上手く使って人類を支配しようとしているのではないかと。

だが、ラストシーンではデジタルウィルはエヴリンと共にその生命を失うことになる。人間であってもデジタルであってもウィルはエヴリンを愛し続けたのだ。

では、コンピュータにアップロードされたウィルは本当にウィルなのだろうか?これは謎のままである。PINNがウィルの振りをしていただけかもしれないし、PINNに情報としてアップロードされた「ウィル」と呼ばれるコンピュータが自分を「ウィル」だと信じ込んだだけかもしれない。自分自身に「自我」があると本当に信じる。つまり、自分自身が本当にウィルであると信じることは、ウィルであることの証拠となりえるのだろうか?非常に興味深い問いだ。

自身の事を考えた時でさえ、自分が自覚している自分を証明する術などあるのだろうかと考えこんでしまう。何をもって自分とするだろうか?自分が自分であると信じることは僕という存在に自我が存在する証明となり得るのだろうか?そもそも自我ってなんじゃい?と脳みその中をひっちゃかめっちゃかにしてくれた。

ラストシーンも観ている人に委ねられる形となっており、個人的には好きな終わり方だった。ウィルはナノテクみたいな技術を駆使して、いたるところを「ウィル」だらけにする。雨の中にも、土の中にも「ウィル」はいる。

最後にデジタル・ウィルとエヴリンは死んでしまうのだが、ウィルのシステムが破壊された後も、どうやらナノテクチックなウィルは地球上に存在しているようだ。これは吉とも取れるし、凶とも取れる。

ウィルがまだ人間だっ時は、愛するエヴリンが請い願うことを叶えたいと考えていた。その想いを成し遂げるためにナノウィルが残ったとも言えるし、脅威が残ったとも言える。この捉え方は観ている人の性格に委ねられそうだね(笑)

『トランセンデス』を観て・・・最後に

ネット上では『トランセンデス』は酷評されているようですな。そもそもSF映画には突っ込みどころなど満載で、この映画も例外ではない。

個人的には、当映画は「自我ってなんじゃい?」という点を中心に展開しているという印象で、その辺りを噛み砕きながら観てみると良い映画だと思う。映画を観終わってからも、僕は「自我ってなんじゃい?オイラは自我があるといえるんかい?」と反芻して楽しんでおります。

映画の内容とは直接関係ないのだが、ジョニー・デップについて。

ジョニー・デップはいつもミステリアスな役柄で、外見もやはりミステリアスな具合で登場することが多い。今回は久しぶり(始めてかもしれない?)ジョニー・デップとして主演を演じる映画をレンタルしたつもりでいた。ただ、やっぱりジョニーは人間じゃなかったね(笑)

トランセンデス公式サイト

合わせてどうぞm(__)m

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